飼育は順調でした。しかし、飼育数の拡大で問題が… 小坂町の更望園で始まった比内地鶏の飼育はしっかり軌道に乗り、平成19年からは鹿角市の鹿角苑も参加して年間500羽飼育計画がスタートしました。飼育のノウハウは更望園でしっかり確立されていたので、鹿角苑では飼育も比較的順調でした。しかし生産は順調でしたが問題は卵と肉の消費でした。50羽程度なら「花輪ふくし会」の職員など内部の利用でどうにかなりますが、500羽となるとそう簡単に消費しきれるものではありません。鶏たちが卵を産み始めるころになると、当会の職員は市価より安いとはいえ比内地鶏の卵を買い、肉となって戻ってくるころには肉を買いと、当会の職員の間には比内地鶏が流通しまくりました。
そのころから当会の内部ではこのまま500羽生産体制を続けるか、それとも規模を縮小するか…。はたまた規模を拡大して大々的に販売していくべきか… などなど、内部でさまざまな議論がなされました。
平成24年、比内地鶏の飼育と加工・販売に本格参入することにしました。 「当会で育てた鶏は他の生産者や業者の鶏よりも味、肉質ともに間違いなく上回っているという自信があるので、本格的に販売しても売れるのではないだろうか」という意見が多く出され、最終的に事業化することに決定。平成24年9月に本格的な飼育と処理・加工、販売がスタートしました。
当時、小坂町の更望園と鹿角市の鹿角苑の2カ所で育てていた比内地鶏は約7000羽。
秋はきりたんぽシーズンであることから多くの注文が期待されましたが、注文は思った以上に伸びませんでした。注文が少ないからといって鶏舎で鶏を生かしたまま飼いつづけるわけにはいきません。最も肉質のいい生後180日前後で肉にしなければエサ代がかさむだけでなく、肉質も落ちてしまいます。
出荷時期を迎えた鶏は次々に処理場を経由して食肉加工場に回され、次々に製品になっていきます。当時、新事業の展開を心配していた理事長が食肉加工場に電話を入れ「今日の出荷先はどこ?」と聞いたところ、「はい、今日も工場の冷凍庫です」という笑えぬ話も伝えられています。
弱点は営業にあり。流通・企画、営業体制を一新しました。 品質のいい肉を適正価格で販売してさえいれば、お客様の方からどんどん注文が入ってくるわけではありません。製品の良さをアピールして、お客様の心をがっちりつかむ営業力も必要です。理事長は販売不振の原因は営業力の弱さにあると考え、大きな決断をしました。
比内地鶏の流通・販売を行う会社の営業のエキスパートを引き抜き、営業トップに据えるという荒業、いわゆるヘッドハンティングを実行することにしたのです。理事長は以前からその仕事ぶりに注目していた女性のFさんに目をつけました。
長年にわたり大館市にある比内地鶏の専門店に勤めていたFさんは、飼育の現場から流通・企画販売までも精通。女性ならではの細やかな心配りでお客様に接するFさんは、まさに営業のトップにふさわしい方でした。
理事長の誘いに「私が今まで見て扱ってきた比内地鶏には、残念ながら品質に大きなバラツキがありました。最高の肉質の比内地鶏を育て、最高の状態で肉をお客様にお届けできる体制を作っていただけるなら、やらせていただきます」とFさん。これに対して理事長は「俺が責任を持つから、やりたいようにやってください」と応じ、平成25年4月にFさんの営業部長就任が決まりました。
バラツキのない肉質を保ち、お客さまから信頼をいただきました。 Fさんは就任早々、全ての鶏舎を回ってエサやりから飼育状態まで飼育現場の状況を詳しくチェック。2,3の問題点が見つかりましたが、ほぼ合格という結果だったといいます。2、3の問題点はすぐに解決しましたが、現場でFさんが特に注意したのは、飼育マニュアルを徹底的に守るということでした。
比内地鶏は栄養バランスのとれたエサを与え、適度に運動をさせることによって肉質や味が保たれるのですが、いい加減な飼育方法で育てたものはまったく異なった鶏肉になってしまいます。
「私が以前勤めていた会社では、複数の飼育業者(団体)から鶏肉を仕入れていましたが、同じ業者から仕入れた鶏肉でも肉質に大きなバラツキがありました。業者は取引契約した飼育農家に飼育マニュアルを提示して、それに沿った飼育を義務づけていますが、中にはマニュアルを守らずに手を抜いたり自己流で飼育する農家がどうしても出てくる。でも生きている鶏の外観から肉質をチェックするのは不可能に近い。結果、肉質にAランクBランクCランクとバラツキが出てくるというわけです。売る側としてはこの肉質の違いには泣かされました」とFさんは語ります。
こんなことがあればブランドの信頼は失われ、せっかくつかんだお客さんは離れてしまいます。
Fさんは営業部長に就任早々、品質・肉質のバラツキを失くすために各鶏舎の管理者にマニュアルの徹底を改めてお願いしました。
以来、以前にも増して飼育マニュアルに沿った飼育が徹底され、当会の比内地鶏は良質で当たり外れのない均一な肉質として、お客様から高い評価をいただくようになりました。
販売先の料理人からは「長年にわたって比内地鶏を扱っているけど、こんなに肉質のいい比内地鶏は初めてだ」といわれるようになり、ANAのビジネスクラスの機内食にも使って頂きました。
旅客機のそれもビジネスクラスの機内食に使われるということは、多くの飼育業者の育てている比内地鶏の中でも最高ランクの肉質であるということが認められた証です。
この知らせを聞いた飼育を担当する全ての人たちは「自分たちの育てた鶏が空を飛んだ」と大喜び。モチベーションは上り、以前にも増して細かいところまで気を使って鶏たちの世話をするようになりました。